タグ:悠々会 ( 59 ) タグの人気記事

■ 国立・立川さくらウォーキング   15.4.4

ウォーキング・グループ「悠々会」の4月例会は、「国立・立川さくらウォーキング」。
曇り空で雨が懸念されたが、なんとか降られずに寒い風の中の桜吹雪を賞でながら歩いてきました。 


国立駅前から出発   15.4.4   FinePix F200EXR 6.4-32mm ISO400 1/400,F3.3
e0070891_21203294.jpg
        国立駅に降りたのは初めて。写真で知っていた三角屋根の旧駅舎は建て替わっていました。
        国立観光ボランティアさんが案内してくれるそうです。

        「国立一橋大学」があるから国立? いえいえ、国分寺と立川の中間にできたので「国立(くにたち)」と名付けられたのです。


大学通りを南望
e0070891_2123881.jpg
        その駅前から始まる「大学通り」は、約1.8kmの直線道路で、幅員が40m以上あり、
        片側2車線に自転車道、歩道、緑地帯を備えた樹齢70年以上の桜の並木になっている。


一橋大学構内見学
e0070891_22424256.jpg
        歩き始めてすぐ、両側に一橋大学のキャンパスが広がっている。
        この日は、白樺湖で行われる新入生歓迎合宿にバスで出発するところに居合わせることになった。
        写真正面が図書館、右は兼松講堂だとか。構内の建物の外観は全部、煉瓦調に統一されているのに感心した。


東キャンパスから出る
e0070891_2251886.jpg



郵便ポスト
e0070891_23243054.jpg
        赤い郵便ポストが懐かしい。


歩道橋から北望
e0070891_22532241.jpg
        正面突き当りが国立駅。


歩道橋から南望
e0070891_23245495.jpg
        右手の建物が、景観条例に引っかかって裁判沙汰になったマンション。
        部外者には、それほど景観を邪魔するとは思えないが。


多摩丘陵の眺め
e0070891_23252190.jpg
        大学通りが突き当たる「さくら通り」を右折。すこし歩いて、これも桜並木を左折。
        JR南武線「矢川」駅の先で、多摩川の堤防を右折した所から、多摩丘陵を望む。
        50年前に住んでいた「平山城址公園」も、この眺めの中にある。


花筏
e0070891_23254245.jpg
        柴崎体育館前を流れる細い川に花筏ができていた。

        この後、多摩モノレールに沿って立川駅まで歩き、「昭和記念公園」に行く予定を切り上げて、
        いつものショートカット、打ち上げに雪崩れ込むこととなった。
[PR]
by higirinikki | 2015-04-04 21:32 | 交友記 | Comments(0)

■ 雨の鶴見川土手を歩く   15.3.7

また真冬の気候に戻って終日雨が降っていた。天気予報は午前中は曇りというので、ウォーキンググループ「悠々会」の例会は強行された。ところが家を出る時から降り始めた雨は最後までやまず、全コース雨の中をひたすら歩くことになった。


鶴見川左岸を歩き始める   15.3.7   FinePix F200EXR 6.4-32mmISO400 1/900,F3.3
e0070891_18365214.jpg
        「午前中曇り、午後雨」という予報を信じて「決行」。しかし、家を出る時から雨降り。
       JR横浜線・鴨居駅を出てすぐに橋を渡って、鶴見川の左岸をひたすら下流に向かって歩く。


「横浜環状北線」建設中
e0070891_18373597.jpg
        大規模土木工事現場、景気回復を起こす?高速道路網の整備ニュースが賑やかだが。


横浜国際総合競技場を見ながら
e0070891_1856499.jpg
        今は「日産スタジアム」?


距離標識
e0070891_18412379.jpg
        何の数字かな?と思ったら鶴見川河口からの距離だった。


地下鉄車両基地
e0070891_18431893.jpg
        空間ばかりが広いコンクリート建物、自宅近くの上永谷にも基地がある。


「新田緑道」に入る
e0070891_18454782.jpg
        歩き始めてから8㎞くらいの「新羽橋」際で土手を下りて、「新田緑道」に入る。
        帰宅後に調べたら、この背中側の緑道公園には奇妙なモニュメントが沢山あるようだった。


河津桜
e0070891_18491394.jpg

十月桜?
e0070891_18495125.jpg
        途中、桜を眺めて気分がなごむ。
       これが間違いで、設定コースは「新羽橋」を渡って「大倉山梅林」に進むべきところだった。


土手に戻る
e0070891_18502078.jpg

太尾見晴らしの丘公園
e0070891_18513978.jpg
        土手に戻った所は、「大倉山梅林」の対岸だった。
        もう一度「新羽橋」に戻る元気はなく、そのまま綱島駅まで進んで、ひさしぶりの「日高屋」で打ち上げ。

        雨の中を、ひたすら17000歩を歩いた1日だった。
[PR]
by higirinikki | 2015-03-07 23:53 | 交友記 | Comments(0)

■ 千住から浅草まで歩く (3)   15.2.9

おとといからの続きです。ここまでで2時間半。腹が減ってきましたが、もうひと踏ん張りです。 


「吉原大門」バス停   15.2.7   FinePIx F200EXR 6.4-32mm ISO400 1/85,F9
e0070891_212724.jpg
        知る人ぞ知る「吉原」の地名はバス停名に残るのみとか。
        近辺の地名には、通行人に踏み固めさせるために吉原をここに移転させたという「日本堤」、
        吉原遊郭への水上路として、隅田川から遊郭入口の大門近くまで猪牙舟が遊客を乗せて行き来した「山谷堀」があり、
        それを埋め立てた「山谷掘り公園」を歩く。


今戸神社
e0070891_2129760.jpg
        豪徳寺と並ぶ招き猫の元祖で沖田総司終焉の地だが、
        イザナギ・イザナミを祀る故、縁結びのパワースポットとして人気が出ている、とか。


待乳山聖天 モノレール
e0070891_2136993.jpg
        待乳山は江戸市内では高い方の自然の山だった。足が不自由な人向けに4人乗りモノレール(さくらレール)が。
        すぐ脇には池波正太郎生誕の地との石碑があった。


言問団子
e0070891_21385029.jpg
        「名にし負わば いざ言問はん都鳥 わが思ふ人はありやなしやと」
        伊勢物語と古今集に出てくる在原業平が詠んだ和歌ですね。
        
        桜橋を向島側に渡った橋詰にある江戸末期創業の和菓子店の名前、その和菓子名。
        私の次の予定を慮って、昼食がわりに団子を食うことに。


三囲神社
e0070891_2155391.jpg
        三井グループ企業をを守る三囲神社で。池袋三越の狛ライオンにご対面。


スカイツリー映り込み
e0070891_21572489.jpg
        言問橋で浅草側に戻って、アサヒビール本社の壁面にスカイツリーが映り込む最近はやりの撮影スポットへ。


神谷バーは満員
e0070891_221851.jpg
        午後2時半、終着「浅草寺」にやってきた。
        打ち上げ会場と考えた「神谷バー」は満員、近くの中華料理店で軽く打ち上げ。
        4時に解散、私は次の会場・神田へと急ぎました。

        長くなりました。おわりです。


[PR]
by higirinikki | 2015-02-09 22:03 | 交友記 | Comments(0)

■ 千住から浅草まで歩く (2)   15.2.8

きのうからの続きです。ここまでで1時間。 (以下の写真の解説文はHo氏準備の資料から引用しました)


千住神社の富士塚   15.2.7   FinePIx F200EXR 6.4-32mm ISO400 1/200,F9
e0070891_19452359.jpg
        源義家が奥州征伐の戦勝祈願をしたという古社、浅間神社を勧請したのが大正だが立派な富士塚「千住富士」を見た。
        また「回転恵比須」は千住七福神の一つ、台座がくるくる回るのだという。


千住大橋
e0070891_19515284.jpg
        千住大橋で隅田川を渡る。「タイドアーチ橋」としては日本最古のもの。
        橋際に「矢立初めの地」という説明板がある。
        芭蕉の奥の細道の起点は、芭蕉の自宅があった深川と見るべきだろうが、最初の宿場である千住なのかな。


素盞雄神社の富士塚
e0070891_20474032.jpg
        ここにも富士塚があった。


円通寺 黒門
e0070891_20563326.jpg
        上野寛永寺から移された黒門には弾痕が残る。彰義隊士の墓、著名人の石碑なども多数。


千住小塚原回向院
e0070891_20504910.jpg
        橋本佐内、吉田松陰など安政の大獄の犠牲者の墓や、写真はねずみ小僧の墓など。


延命寺 首切り地蔵
e0070891_215249.jpg
        江戸時代の小塚原刑場を常磐線が通って分断、この延命寺のあたりが刑場だったとか。
        首切り地蔵の首は、東日本大震災で落ちてしまったが無事修復された。


東禅寺 六地蔵
e0070891_2185287.jpg
        京都を真似して各街道の出口に置いた江戸六地蔵の一つ。
        千葉街道の門前仲町の地蔵は廃仏毀釈で無くなったが、それ以外の甲州街道の新宿、
        東海道の品川などは現存している。

        明日につづく
[PR]
by higirinikki | 2015-02-08 23:04 | 交友記 | Comments(0)

■ 千住から浅草まで歩く (1)   15.2.7

ウォーキンググループ「悠々会」の月例会、今回はHo氏の企画・案内で「千住から浅草までを歩」いてきました。見どころが多く、平地とはいえ14~5㎞はあったのでちょっと疲れめに。
しかも夕方からは、別のグループ「六三四の会」の新年会で神田に駆けつけるという忙しい1日。
明日の8日は高校同窓会の「新年会」が待っていて、記事掲載が遅れます。

ひとまず、10時北千住駅に集合して出発した。 (以下の解説文はHo氏準備の資料から引用しました)


清亮寺   15.2.7   FinePIx F200EXR 6.4-32mm ISO400 1/170,F9
e0070891_17492593.jpg
        千住駅から北上して水戸街道入口、光圀ゆかりの槍掛けの松があったという清亮寺へ。
        大名行列の槍はいつも立てていないといけないので、通行の邪魔になった松を切るという話になったが、
        一度立て掛けて、反対側から取れば良いとしたとんち話。でも松はもうない。


荒川土手に上がる
e0070891_17553966.jpg
        突き当たった「荒川放水路」の土手から見た河川敷。
        これは、利根川治水の一環で、17年かけて昭和5年に完工した人工河川です。


名倉醫院
e0070891_1813880.jpg
        土手から下りたところに、江戸以来の骨接ぎの名倉醫院本家、神田駿河台には近代的病院がある。
        私の育った小岩にもあった記憶が。


槍かけだんごのかどや
e0070891_1854512.jpg
        宿場通りを南下、餡と醤油だれの串団子2本をつまみ食い。


絵馬、地口行灯の吉田家
e0070891_1895399.jpg
        絵馬と地口行灯の専門店なんて今はここだけかもしれない。
        北千住と浅草伝法院通りでは年中地口行灯を見られるが、今年の初午は2月11日なの
        で、各地の稲荷社で行灯に行きあたるかも。

居酒屋 大はし
e0070891_18141228.jpg
        居酒屋東京三大煮込みに数えられる明治10年創業「大はし」。
        店先に掲げられた地口行灯。「車挽きお尊顔者い春(くるまひきおそんがんはいす)」とでも読むのだろうか?
        だとすると、元句は「うるわしきお尊顔拝す」かな?
        街中には、ところどころに地口行灯が飾られていたが、撮影したのはこれだけだった。


大橋眼科医院
e0070891_18213138.jpg
        駅前通りで、一見戦前の洋館、実はオーナーが趣味で作った新しい建物。


勝専寺
e0070891_1824840.jpg
        こちらの千手観音が千住の地名の元という古刹で、徳川秀忠も休息に立ち寄った格の高さがこの赤門。

        明日につづく
[PR]
by higirinikki | 2015-02-07 23:39 | 交友記 | Comments(0)

■ 伊豆・城ケ崎海岸を歩く   15.1.18

ウォーキンググループ「悠々会」の1月例会は、恒例の伊東の保養所宿泊を伴って「伊豆・城ケ崎海岸を歩」いてきました。標高の高い伊豆急「伊豆高原」駅を出発、「八幡野漁港」から大室山を形成した溶岩地帯を、高い吊り橋を渡り、常に大島を右手に眺めながらごろごろ道を上下するコースです。
コース最後にある日蓮上人「伊豆法難」ゆかりの蓮着寺から最寄りの「城ケ崎海岸駅」までのゆるい坂道を電車の時間に間に合うよう急ぎ登り、駅に着いた途端に一転黒雲と雨が襲ってきました。駅から見る虹が見事でした。


八幡野漁港   15.1.17   FinePix F200EXR 6.4-32mm ISO200 1/170,F9
e0070891_2244373.jpg
        右手に大島、前方に崖が見えます。

アロエの花
e0070891_2285420.jpg
        ちょうど花の時期なのか、アロエのオレンジ色の花が目につきます。
        前方の崖は海に落ち込んでいるので、高い位置にまでいっきに登ります。

坂を下る
e0070891_22113457.jpg
        これから先は、このような急坂を降りたり、登ったりの繰り返しです。

橋立海の吊り橋
e0070891_22123854.jpg
        海面から高い所にある吊り橋、落ちることはないのですがけっこう揺れるのと、下を見ると身がすくみます。

句碑
e0070891_22154988.jpg
        「磯魚の笠子もあかし山椿」という水原秋桜子の俳句を刻んだ句碑のある展望台で一休み。

海岸の眺め
e0070891_22225377.jpg
e0070891_2225874.jpg
        波が溶岩を削って現れた柱状節理の岩石が並ぶ海岸の見事な眺めです。

大島
e0070891_222637.jpg
        手を伸ばせば届きそうなくらいに大きく見える大島が、いつも右手に見えています。

俎岩
e0070891_2229614.jpg
        伊豆に流された日蓮が縛られたという「俎岩」を波が洗っていました。

虹が立つ
e0070891_22334331.jpg
        「城ケ崎海岸」駅から見えた虹です。
[PR]
by higirinikki | 2015-01-18 22:31 | 交友記 | Comments(0)

■ 世田谷の緑道・緑地を歩く   14.10.4

明日には台風18号が接近・来襲するという前日、終日曇り空だったが、ウォーキンググループ「悠々会」の例会で、「世田谷岩戸川緑道、野川緑地散策コース」を歩いてきました。
所用時間は、見学・休憩・昼食を入れて4時間、万歩計は約17000歩を示したので、12㎞弱を歩いたようです。


泉龍寺   14.10.4   FinePix F200EXR 6.4-32mm ISO400 1/150,F3.3
e0070891_2142956.jpg
        出発地点の小田急「狛江」駅からすぐ、山門、鐘楼、本堂ほかの揃った大きな伽藍の禅寺です。


お月見セット
e0070891_2144124.jpg
        「むいから民家園」という意味不明の公園にある古民家の縁側には、月見団子と収穫物、ススキのセットが飾られていた。
        そういえば、舞岡・小谷戸の里の古民家でも、今夜は「お月見会」が予定されていた。
        あいにくの曇り空で、今夜の月は見られただろうか?


兜塚古墳
e0070891_21474911.jpg
        いつか「多摩川左岸の古墳めぐり」をした、その延長線上にあるのだろうか。
        円墳かホタテ貝型古墳のようで、墳丘頂上は未調査のようです。


多摩川・宿河原堰
e0070891_21513179.jpg
        昭和49年、「岸辺のアルバム」で思い出される、多摩川堤防決壊による水害の原因となった河川堰です。
        その後、改良されたようですが、堰の上には烏や鷺がとまって魚を狙っていました。


上総層群の地層を見る
e0070891_21541481.jpg
        東京都西部の地下の基盤となっている「上総層群」が多摩川の流れで洗い出されて岩盤を見せていました。
        地層はここから東に沈み込んでいて、その上をいわゆる「関東ローム層」が厚く覆っていて、
        江戸城までの台地を形成している、とのことです。


岩戸川緑道を歩く
e0070891_21581619.jpg
        多摩川の堤防を離れて、昔の用水路を緑道にして住宅の裏側をずっと歩き続ける「岩戸川緑道」を行く。


氷川神社でお願い
e0070891_2231087.jpg
        そろそろ足が痛く、腹も減ってきた頃、着いた「氷川神社」。
        皆さん願い事があるようです。


次太夫堀公園
e0070891_2231772.jpg
        いつか来たことのある公園です。ボランティアグループが、米作りなどのいろいろの活動を行っていました。
        ようやくベンチを見つけてお弁当を広げました。
        ちなみに、私は会の創立以来の例会はずっと「崎陽軒のシウマイ弁当」一筋です。


カルガモ親子の特訓
e0070891_2273773.jpg
        西の国分寺崖線の泉を源として流れ下る「野川」を、今日の出発点の小田急線まで遡りました。
        途中の流れではカルガモの子供たちが飛翔訓練をしていました。
        健気な様子に無事に成鳥になることを祈ってやりました。

        最後は予定コースをちょっと短縮して、喜多見駅傍の「餃子の王将でかるく打ち上げて解散です。
[PR]
by higirinikki | 2014-10-04 22:16 | 交友記 | Comments(0)

■ 葉山の棚田を探訪   14.9.6

熱中症警戒警報が出ているような陽気の日に、ウォーキング・グループ「悠々会」の月例行事で、葉山町上山口にある棚田を訪れました。

ここまでのアプローチで手違いがあって、すでに体力・気力を消耗していたこともあって、棚田の風景を適切に紹介する写真を撮影できぬままに帰路につきました。現地の方、またご覧になる方には不満に感じる画像です。後日リベンジに出かける必要がありますね。


上山口の棚田   14.9.6   FinePix F200EXR 6.4-32mm ISO100 1/125,F9
e0070891_21115812.jpg
e0070891_21122270.jpg
        ようやっと登り詰めた棚田最上部からの眺めです。稲刈りが近いのでしょう、大きな稲架ができていました。
        棚田の広がりがこれでは理解できませんね。
e0070891_21153553.jpg
        最下段から見上げた風景です。
[PR]
by higirinikki | 2014-09-06 21:15 | 交友記 | Comments(0)

■ 河津七滝   14.7.7

伊豆の旅から帰ってきて、勉強しました。

伊豆半島が、はるか南から「フィリピン海プレート」に乗ってやってきた火山島が約60万年前に本州に衝突、新しく火山爆発と隆起をして、現在の姿を形成したことは知っていました。

今度歩いた「河津七滝」は、約2万5000年前に伊豆東部火山群のひとつ「登り尾(のぼりお)南火山」から流れ出した溶岩が冷えて固まった地域を流れる川の水が削ってできたもの、ということを初めて知りました。


釜滝(かまだる)   14.7.5   FinePix F200EXR 6.4-32mm ISO400 1/120,F3.3
e0070891_1957246.jpg
e0070891_19573885.jpg
        この写真を見て何か気づきましたか?
        滝の周囲に5,6角形の石の柱がびっしりと立ち並んでいますね。
        これは「柱状節理」と呼ばれる、1100度くらいで流れ出た玄武岩溶岩が冷えて固まった時の収縮でできた岩石です。


カニ滝(かにだる)
e0070891_20143169.jpg
        滝壺の横の水流で削られた柱状節理の膨らみがカニの甲羅のように見えるので「カニ滝」と名付けられたという。


初景滝(しょけいだる)
e0070891_20202044.jpg
        名前の由来は不明です。


蛇滝(へびだる)
e0070891_2072385.jpg
        この滝の左には「柱状節理」ではない岩が見えます。
        この岩は、「登り尾溶岩」の底の部分に元からあった岩石だということです。


出合滝(であいだる)
e0070891_20233117.jpg
        ふたつの滝が出合う、左側の滝です。
        これまでの5つの滝は、みな玄武岩の柱状節理を削っていましたね。


エビ滝(えびだる)
e0070891_20261468.jpg
        滝の流れの形がエビの尾びれに似ていることから名付けられています。
        他の6つの滝と異なり、登り尾南火山とは別の溶岩流でつくられているため、河津七滝で唯一柱状節理を見ることができない滝です。

        7番目の最大の滝「大滝(おおだる)」も柱状節理を削っていますが、3年前の災害で見物不能になっています。


        伊豆半島の成り立ち  伊豆半島ジオパーク 河津・七滝ジオサイト から引用・参照させていただきました。

伊豆半島の歴史は地層などの証拠などによって約2000万年前までたどることができます。

約2000万年前、伊豆は本州から数百km南、現在の硫黄島付近の緯度にあった海底火山群でした。フィリピン海プレートの上にできた海底火山や火山島はプレートとともに北に移動し、やがて本州に衝突して現在のような半島の形になりました。約60 万年前のできごとです。

半島となってから約20万年前までは、陸上のあちらこちらで噴火が起き、天城山や達磨山といった現在の伊豆の骨格を形づくる大型の火山ができました。

これらの大型火山の活動が終わると、日本には数少ない単成火山群の活動がはじまり、現在は「伊豆東部火山群」として活火山のひとつとなっています。また、プレートの動きは現在も伊豆の大地を本州に押し込み続けていて、地殻変動によりさまざまな地形を作っています。

[PR]
by higirinikki | 2014-07-07 20:26 | 交友記 | Comments(0)

■ 伊豆を歩く   14.7.6

ウオーキング・グループ 「悠々会」 の7月例会は、恒例の伊東のM社保養所を起点とする旅。
5日、朝5時過ぎに目覚めて窓外を見ると、前夜からの雨が横殴りに吹き付けていた。

「屋久島も白神山地も異例の晴れ、だったのは 『私が晴れ男だったから』 」 と広言していた手前、「うーん」 とうなってしまった。早朝、緊急電話で帰って行ったUe氏以外の6人、9時頃に伊東駅でレンタカーに乗り込んで出発、河津に着く頃には雨が上がってきた。

今日のコースは 「河津七滝」 を下り、旧天城トンネルを歩き、浄蓮の滝に寄り、修善寺から伊東に帰るというもの。結果的には、一瞬だけ折り畳み傘を開いたのは 「霧雨でも濡れるのがイヤ」 という私だけ、という 「晴れ男」 を実証できました。

「旅ブログ」 ではないので、印象に残ったシーンだけの掲載にとどめます。


釜滝(かまだる)   14.7.5   FinePix F200EXR 6.4-32mm ISO400 1/120,F3.3
e0070891_1812941.jpg
        レンタカーを駐車場に置き、路線バスで 「七滝コース」 出発点の 「水垂」 バス停から歩き始める。
        「七滝」 とは、「釜」 「えび」 「蛇」 「初景」 「かに」 「出合」 の滝(現地ではダルと呼ぶ)と 「大滝」。
        「大滝(おおだる)」 だけは3年前の災害で行けなくなったままだった。

吊り橋
e0070891_1891825.jpg
        高所恐怖症のHo氏と私、ゆっくりと歩いていきます。

初景滝
e0070891_1811162.jpg


出合滝
e0070891_18115713.jpg


運転席
e0070891_18125930.jpg
        まったく初めての車でも乗りこなすHo氏、「他人の運転では落ち着かない」 という。
        助手席のHa氏とのコンビよろしく、無事に保養所まで乗せてもらいました。

旧道・天城トンネル
e0070891_18155348.jpg
        七滝を歩きおえて、次は旧天城トンネル歩き。悪天候で車が少なく、450mのトンネルを5分ほどで歩きました。

浄蓮の滝
e0070891_18181027.jpg
        今日の旅は、川端康成の 「伊豆の踊子」 と石川さゆりの 「天城越え」 を巡る旅。
        演歌の歌詞・メロディーが頭をかけめぐっていました。

修善寺「独鈷の湯」
e0070891_18204582.jpg
        コース最後は、修善寺温泉の蕎麦屋 「朴念仁」 で美味しい蕎麦をいただきました。
[PR]
by higirinikki | 2014-07-06 18:08 | 交友記 | Comments(0)